熊本ネイチャーポジティブサミットの成果と影響

熊本大地震に合われた皆様に心からのお見舞いを申し上げます。

2026年7月14日・15日の2日間にわたり、熊本城ホールで開催された「GLOBAL NATURE POSITIVE SUMMIT 2026」に参加してきました。会場には企業、金融機関、行政、研究者、そしてユース世代など累計5,000人以上が集まり、異例とも言える熱気に包まれていました。

なぜ今、熊本なのか? 熊本は阿蘇のカルデラや水田が生み出す豊かな地下水(湧水)に恵まれた地域でありながら、近年は半導体工場の進出などにより「経済発展と自然保全の両立」がリアルな地域課題として浮き彫りになっている場所です。まさにネイチャーポジティブ(自然再興)の実装を議論するには絶好の舞台と言えます

熊本市長 大西さん「半導体企業がたくさん来て市民の危機感が高まってる。地下水保全の条例見直しを開始した。規制が必要な背景は、資本である地下水という「宝」を再認識してもらい協働して守れる。危機感を市民と共有することが大切。」と「湧水」という市民が守ってきた宝を維持しつつ、時代の変化に対応していく姿勢を伝えていました。

今回、現地でさまざまなセッションを聴講して強く感じたのは、「ネイチャーポジティブ=単なるコストやリスク回避(守り)」というフェーズは終わり、明確に「事業成長やレジリエンス(回復力)を高めるための投資(攻め)」へと移り変わっている結局自分たちのビジネスにプラスになって戻ってくる)と企業自ら語るようになったという点でした。

また、後半では「ネイチャーポジティブ」だけではなく「ヒューマンポジティブ」も大切と何度も言われており、人間が持続的に良い暮らし方をできることを両輪で叶える方法を模索することが大切だと説かれていました。

TNFD開示実務者の視点から、特に印象に残ったポイントを整理してレポートします。

1. 自然資本への投資がビジネス価値につながることを語るトップ

① メインビジネスの価値(環境プレミアム)に組み込む

  • 積水ハウス: 2001年から続く「5本の木計画」では、庭に在来樹種を植える提案を顧客へ実施。単なるCSRではなく、住まいの魅力や都市の「環境プレミアム」として顧客エンゲージメントを高める仕組みに昇華させており、シンクネイチャー社を起用し客観的な効果検証まで行っています。
  • MS&AD:日本で震災の次に一番多い災害が水害。SCS(都市水害)世界で2兆の保険金、経済損失は倍以上。保険料が高すぎて世界では保険に入れない人が出てきている。保険会社としてこのリスクを避けていく取組みをしていきたい。

② サプライチェーン(調達先)を孤立させない

  • 農林中央金庫:酒造メーカーが森林のクレジット売買を行いそれを支援した。酒造メーカーにとっておいしい水を涵養する「森林」を守ることがビジネスの持続可能性に繋がらるというロジック。気候変動とも切り離さず、一体で考えていく取組みを応援したい。
  • 明治ホールディングス: 主力はチョコレート産業。最もインパクトが大きい「調達(Scope 3/カテゴリー1)」において、川上(酪農家やカカオ農家)へただ要求を突きつけるのではなく、技術支援や長期パートナーシップを構築。支援は生物多様性・気候変動・サーキュラーエコノミーに同時にアプローチするものとしている。サステナビリティ対策はコストがかかるものだが、川上から川下まで一貫したストーリーを作り、それ自体に価値がつけば消費者の購買を通じて一貫した価値創出することができる。と強調。
  • セブン&アイ・ホールディングス: 1店舗で2,500アイテムに及ぶ商品群があり、サプライチェーンが膨大。中から「コーヒー」を対象に、TNFDに沿ったリスク分析を実施。水素で焙煎するなどの取り組みを実施。気候変動と自然資本を両面からとらえる重要性と、サプライチェーンの不透明さという大きなリスクに対し、具体的に1アイテムから紐解く現実的なアプローチが印象的でした。

2. 「効果測定」とデータの共通化

今回のサミットで非常に多くの登壇者が強調していたのが、「取り組みを行った後の効果測定(モニタリング・トラッキング)」とその継続の重要性です。「植樹した」「木材を使った」といった一回限りのアクションで終わらせず、それが実際にどのような生態系変化やポジティブなインパクトをもたらしたのかを「測定・トラッキング」し続けることが、投資家や消費者に対する信頼性の担保になります。

① 継続的なモニタリングで「成果」を示す

  • データ共有の基盤(GBIF等): 地球観測や生物多様性の巨大オープンデータ(GBIFなど)と企業の活動データを繋ぎ込むことで、一企業の枠を超えてグローバルな参照データ(ベースライン)と比較・検証できるインフラ整備が進んでいます。

② 「ネイチャーフットプリント(LIME3)」による定量評価の波

さらに注目を集めたのが、ライフサイクル全体での生物多様性・水・土地利用の影響を統合評価して金額換算まで目指す「ネイチャーフットプリント(LIME3)」です

  • LIME3とは、ライフサイクルアセスメントをカーボンだけでなく、生物多様性の評価に変えたもの。健康・資源・生物多様性・一次生産に分けて評価する。生物多様性と生態系サービスを分けて評価する。気候変動、資源消費。水資本の複数の環境影響を生物多様性や生態系サービスへの影響を評価し、金額に換算するもの。
  • 指標はプラネタリーバウンダリとの対比ができる。IPCCから温暖化のシナリオとして発表されているRCP2.5(1.5度)とRCP8.5(4度)のシナリオでの生物種分布変化を反映。温暖化が進むと減る種が増加する。「気候」だけでなく「土地利用」についても評価する。0.25メッシュで確認することができて、都市の改変による影響が多い。生物多様性が危ないところでは、土地利用がされると絶滅のリスクが上がる。ということが言える。
  • 水消費による影響を合わせて活用するとメインドライバーの気候変動・生物多様性・水資源についての対応策を示すことができる。
  • 気候変動は、全世界に影響があるが、土地利用はローカルに偏在化。水はもっと(流域ごとに)偏在化する。地域ごとの対策ができるようになる。フットプリントを算定することで、「消費」によってどの程度のフットプリントが発生するかを示した。先進国が全体的にネイチャーフットプリントがおおきくなる傾向がある。途上国は差がおおきい。
  • 日本の場合「気候」と「土地利用」が大きい。国内では少ないが海外に対して大きい。システム上の「評価係数リスト」(CO2排出係数のようなも)を掛け合わせると評価できる。2026年9月にガイダンスとして発行予定。
  • 考え方:例えば輸入に関わる水消費がどの程度あるか?国内は40%、60%は海外(ストレス地域あり)に依存してる場合、輸入している部分をネイチャーフットプリントで評価(河川の100万年種当たりの絶滅量72.28E/MSY)。その企業は60%の水使用に関して自然資本に影響を及ぼしている。というように、サプライチェーン(Tier2,3等の相手先や場所)が具体的に特定できていなくとも一貫性のある評価ができる。
  • 実務の壁: 資生堂などの先行企業が実際に算定を行っていますが、パネリストからは「温室効果ガスのScope 3算定をさらに数百種類追加で行うようなものであり、企業が自力で継続測定するには手厚い実務サポートが不可欠だ」という現実的な指摘もありました。

ネイチャーテック企業も多数出展

界隈でお名前を聞いたことのある企業は大体来てました。とても混んでいて、ブースで話を聞くのに列ができていました。また地域の小学生の学びの場としても活用されたとのこと。

立ち見が出るネイチャーテックピッチ

3. 【現地体験】江津湖で靴を脱ぎ、五感で知った「湧水」の豊かさ

サミットの合間、現地の江津湖(えづこ)周辺を巡るフィールドワーク(エクスカーション)にも参加してきました

実際に靴を脱いで冷たい湧水に足を浸し、水辺の豊かな生態系や阿蘇のカルデラが育む「広大な地下水系」の仕組みを現地の方から伺いました

会議室の中でデータや指標と向き合うことも大切ですが、こうして五感で「自然から得ている恵み(生態系サービス)」の素晴らしさを体感することこそが、効果測定の先にある「何のために自然を守るのか」を再確認する最大の原動力になると感じました

市内のいこいの場 熊本 江津湖の湧水じゃぶじゃぶ池

市民の日常を支える湧水

阿蘇山の草地 森林だけでなく「草地」で価値を最大化する取り組み(希少植物の宝庫)阿蘇の草地と希少植物

まとめ:完璧を待たず、できる一歩から始めよう

サミットの閉会式では、持続可能な未来に向けた行動の加速を誓う「熊本宣言」が発表され、大きな拍手とともに幕を閉じました

印象的だったのは、生物多様性条約(CBD)事務局長のアストリッド・ショーメーカー氏が語った言葉です

「『善』の敵は『完璧』である。すべてが揃うのを待つのではなく、できることから始めるべし。開示はゴールではなく、行動を変えるためのスタートラインに過ぎない。」

ネイチャーポジティブは、決して環境部門だけが担うレポート作成作業ではありません。 自社の事業がどんな自然に依存し、どんな影響を与えているのかを少しずつ紐解き、測定しながら新しい価値を作っていく——そんなビジネスのイノベーション領域なのだと確信しました

現地で得たたくさんの刺激と学びを胸に、私自身も日々の実践へと活かしていきたいと思います!

バトンを渡される次回のネイチャーポジティブサミット開催地域 インド

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